yaotti's diary

QiitaやKobito、Qiita:Teamを作っています。Software is Eating the World

知識と思考

渡米して最初に思ったこと(1) - 自由の本質、、、at your own risk (人のせいにしない) - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing

この方(id:kaz_atakaさん)のblogを読ませてもらって,刺激を受けるものばかりだったので
紹介ついでに最近自分の思っている事を書いておく.

本質は無責任さというか、甘えに満ちた生き方だとおもう。リスクを認識しろ、平和ぼけはもうやめろ、自分で考えろ、というところか。

渡米して最初に思ったこと(1) - 自由の本質、、、at your own risk (人のせいにしない) - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing


このあたり,特に「自分で考えろ」の部分について.
悩んでいることそのままだ.


最近(去年の終わりくらい)から「自分は『自分で』考えているか」ということに疑問を持ち始めた.



自分の考えは自分の中にあるのか.
知識のアウトプット以上の物が,全く無いのではないか.


これは結構怖い(少なくとも僕は怖い,無視したいし考えたくもない)考え方で,
ふと思い始めてからしばしば自己嫌悪や無力感に襲われる.
「他の人達はこういう怖さがないのかなー」と思ってまた一段と.
例えるなら「自分は知識を仕入れて,適切なタイミングにて出すだけのロボット」とも言えるかもしれない(これは極端ではあるが.人間automaton.万能automatonなら良いかも).


今までは処理能力を問われるような事が多く,
与えられた問題をうまく解くにはそこそこ良い能力を発揮してきたと思う.
(大学の単位がどうとかいうのはまた別問題なので置いておく,単位欲しい.)


ただ「じゃあ問題を解くのではなく,考えてごらん」「自分の意見を言ってごらん」となると,
思い付かないわけではないし,意見もあるのだが,
ありきたりで陳腐な思考しかできない自分が嫌になる.
テンプレートに当てはめているだけなのではないか?
過去に見て,何となく良さそうだから自分のものにしているだけではないか?



(主にネットによる)情報の入力が多すぎて,自分の中での思考,咀嚼が無さすぎるのが原因だと思っている.
勉学以外での思考の場が少ない.この状態は危険だよな…


こういう話は朝や昼なら書けなさそうなので,夜の衝動で思いつくままに書きとめておく.
この悩みが将来の自分にとってプラスとなれば良いな.